笹路正徳プロフィール

笹路 正徳

ささじ まさのり Masanori Sasaji

東京都出身 1955年5月3日生まれ A型

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現在J-POPからJAZZに至るまで幅広いフィールドでプロデュース・アレンジ・演奏・作曲を行う笹路正徳の音楽体験は幼少時まで遡る。
4才の時からピアノを習い始め、小学生の時に 「THE VENTURES」 「THE BEATLES」 等に憧れギターを手にする(初めて手にしたピック・ギターを車のウインカーと洋服のボタンでGibson J-160E風に改造した!)。中学時代は「CREAM」「JIMI HENDRIX」に傾倒するとともに「LARRY CORYELL」でJAZZに出会う。曰く“歪んだギターでパーカー・フレーズを弾くコリエルに痺れた”。またMiles DavisのBitches Brewをラジオで聴き“狂ったように興奮”するもジャケットが怖くてLPを購入することができなかったのもこの頃である(今もって熱心なMiles Freakである)。またこの頃自宅に同居していた10歳年上のおじさんの影響で録音に興味を持つ。彼が引っ越す際に起き土産として置いていった4trの音声レコーダーはその後笹路の最高のおもちゃとなる。高校入学後は自分よりうまいギタリストに出逢いキーボードに回帰。その後ミュージシャンでは無くレコード会社や音楽出版社などへの就職を志し慶応大学に進学。“苦手で嫌いなスタイルとかも弾かないとプロになれないと思ったし、当時は俺より上手くて器用なピアニストは沢山いた”。しかし慶応大学4年時の1977年「鈴木勲 グループ」に参加しJAZZピアニストとしてプロ活動をスタートさせる。 その後数々のJAZZグループへの参加やスタジオ・ミュージシャンとしての活動でプレイヤーとしての地位を徐々に築き上げていく。またコンポーザーやアレンジャーとしての活動も平行して行うようになる。
1979年、清水靖晃、土方隆行、山木秀夫 と「MARIAH」を結成し、5枚のアルバムを発表。それと並行し1981年から1982年には渡辺香津美の「KAZUMI BAND」に参加、アレンジャーとしての活動が活発化する。1983年に「MARIAH」は解散。すぐに土方隆行とロックバンド 「NAZCA」を結成し、3枚のアルバムを発表する。この頃より、アレンジャー・プロデューサーとしての活動が注目され始め、以後「マリーン」 「阿川泰子」 「ラウドネス」 「チューブ」 「ラフィンノーズ」 「杉山清貴」 「プリンセス プリンセス」 「ユニコーン」 「松田聖子」「THE YELLOW MONKEY」「スピッツ」「コブクロ」「小沼ようすけ」「南佳孝」「平川地一丁目」「HY」「森山直太朗」「noon」等 数多くのアーティストを手掛けてきた。
また自身の活動も引き続きおこなっており1991年に、土方隆行、青山純、坂井紀雄と共に、期間限定ハードロックバンド「SASAJIE'S」を結成。 2000年にはしばらく遠ざかっていたJAZZのビッグバンドに挑戦し「M.Sasaji & L.A.Allstars」をCD&SACDでリリース。翌年にはそのセカンドアルバムをライブ・レコーディングした。2003年にはインディーズレーベル“K's TRACKS”でレーベル・プロデューサーとして「森山威男 & 杉本喜代志 / Battery's not included」 「音川英二 ウィズ 森山威男 / 存在 New & Old Wonder」 を制作。そして2005年には伊東たけし、村田陽一、カルロス菅野、櫻井哲夫、則竹裕之、土方隆行と7人編成でCASTを結成。各方面から熱い支持を集めた。
2007年から2008年には森山直太朗の全国ツアーの音楽監督を担当。2010年には「Masanori Sasaji & Japan All Stars」としてBIG BAND JAZZのLiveをホールで行う。その他音楽番組のアレンジも手掛けるなど幅広く活動を展開している。

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